2026年4月16日

新聞のレシピ欄のおもしろさってある。ここで自分は新聞の読者を知る。
フィールドノートと資料と自分が見たものの印象・記憶を頭のなかで比べながら、もしこうだったらちょっと話の組み立てがタイヘンになるな(ただなにかしら迂回路を通すスジはありえそう)という懸念事項がここしばらくあった。だが今日実際に分析してみて、杞憂だったことがわかった。

韓国のビートボクサーのHellcatのハングル表記が헬캣なのを知って、ハングルであれば英語の(そこまで子音が連続しない)1音節ブロックを1文字に対応させて表記できるのか~と思うなどする。CVC構成と、末尾のCがパッチムとして許容される音であることは条件になる。Strengthは스트렝스になるようだし。

同居人に、「実りある議論のため」とかいうタイトルの論稿は、それ「論争、やりましょうや」というやつだから。野次馬馳せ参じまっせの合図だから。という情報を伝えるついでに、名和先生の論争の発端となった論文をいつぶりかに読んだ。あまりにもキレキレ、キレすぎるナイフなのだが、しかしレビュー論文はこうやれよというお手本でもあり、とにかくいろいろと勇気づけられた。先生の書くものは何を読んでも背筋が伸びるし、また自分の作業の習いにもなる。「この議論はこういう議論をしていて、こういう良さもあるが、しかし問題もあって」とひとつひとつ問題点を指摘していくのは、「ここまではすでに議論されていて、ここから独自性・新規性のある、ないし論理的に妥当な議論で、」というのをマークしていく作業だというのが、彼の論文を読めばよくわかる。そして論理がとにかく大事。