胆嚢の検査をしに、紹介された近くの中規模病院にいく。入院病床もある病院で、平日昼間になかなかスタッフも患者も賑わっていた。各病院でつくってもらう診察券もなにかに一本化されたりしないのだろうか。
医者「カンさん今日ご飯食べてきた?」→カン「食べちゃいましたねー」。初診だが、食べてなかったらこのままCTとれたんかな。それはそれでスムーズすぎる。
モルが書いているように、病院には、患者に選択させ合意させる・カタチのうえで合意したことにするための実践が大なり小なり無数にある。造影剤をつかうのにも同意書にサインが必要になる。そしてその同意の実効性や信用はさまざまに分散していて、例えばそれは病院がもつ原本と患者がもつ写しの同一性、つまり病院に備え付けられたスキャナー+印刷機の複製可能性への信頼に担保されていたりする。同意というものの典型がこういうカタチなので、理想的な同意というものがどういうものなのか、人々はとっくに忘れてしまった。
受付事務の人たちが自分より確実に年下だろうという感じで、なんだか不思議な気持ちになった。「●●さん、会計口にお願いします」→「念のためにお名前おっしゃっていただいてもいいですか」を会計に立つ人のたびにスタッフは繰り返していたが、自分は尋ねられずじまいだった。
たしかに病院というのは、スタッフや建物・道具、制度の専門性ゆえに常識的生活からは離れた特殊な活動が観察可能なかたちで遍在しているし、それでいてしかし空間を構成するもう半面である患者のシロウトさゆえに常識的生活の延長でもあるので、社会学者や人類学者の興味をひく場なのだな。

