2026年1月10日

「目配せ」という語はしばしば「目配り」の誤用として書かれるのだが、一方でおもしろいのは「目配り」を示すことが「目配りをしていることの目配せ」にもなっているということ。ある種の発話内行為ということなのだが。つまり「目配りができる人間である」ということをあからさまにする。