2026年5月3日

論文を投稿し、知的体力を使い果たす。同居人と以前から行きたかった近所の立ち飲みバルに日が沈む前に向かい、扉を開けるときにはすでに体力が回復していた。乾杯の口をグラスにつけたらもうすべて元気になっていた。都合のいい頭と体である。
論文では字数制限のためにトリヴィアは全然書けない。トリヴィアルな記述・分析をするか、トリヴィアを書くかは、択一かもしれない。
人類学の書くときのムズさは、ごく一般的な意味で、2つのものを比較することよりもむしろ、3つのものを比較する際のムズさに感覚としては似ていると思う(2つの文章の異同を確認することと、3つの文章の異同を確認することを想像してほしい。眼が3つあれば解決するのだろうか?)。事例と理論の関係についてみんな言うけれども、本当はそれに、自分の関心や主張が加わる、3つのお手玉なのだ。この3項の干渉があるんだなというのが分かった。2項間ならこんなに難しいはずはない。そして3項の(関係の)うちの1つをカッコに入れることによって、2項の問題として処理する方法は確かにある。別の論文ではそうした。そのカッコの入れ方は科学的知識生産一般でいえば、たとえば定式化された分析メソッド、標準化された実験器具とかはそれに相当するだろう。