2026年4月30日

ラトゥールがReassembling the Socialの中で、「説明が必要な記述というのは良い記述ではない」ということを言っているのは知っていたが、ウィトゲンシュタインが金枝篇批判の中で、以下のことを述べているのに出会った(英文からの訳)。

>私は、説明という企てはすでに間違っていると信じている。なぜなら、我々はただすでに知っていることを正しくまとめ合わせるだけでよく、何も付け加える必要はなく、そして説明を通じて得ようとする満足感は自ずと生じるからである。